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浦和地方裁判所 昭和59年(ワ)37号 判決

原告

株式会社タカラ

右訴訟代理人

小林清巳

被告

株式会社

コスモス

右訴訟代理人

三好徹

内藤満

小林政明

脇田眞憲

主文

一  被告は、別紙目録記載の玩具を製造し、販売し又は頒布してはならない。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決主文第一項につき仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告

主文第一項と同旨の判決

二  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」

との判決

第二  当事者の主張

一  原告・請求原因

1  (当事者)

原告は、玩具の製造、輸入、販売及び輸出等を目的とする会社であり、被告は、玩具、文房具、運動用具等の製造、販売を目的とする会社である。

2  (原告による「チョロQ」の製造・販売とその法的保護)

(一) 原告は、昭和五五年四月ころ、「チョロQ」と称するぜんまい式豆自動車玩具の製造、販売を企画した。この「チョロQ」の仕様は、プラスチックを材料とし、縦三センチメートル、横4.5センチメートル、高さ三ないし四センチメートルのサイズで(機種は数十種に及ぶ。)、その特徴は、強力なぜんまい仕掛けを備え、プルバックで始動すること、デザインが実車を縮小再生した、いわゆる完全なミニチュアカーではなく、実車の原型を残しつつも独自にアニメーション化したものであることにある。

原告は、昭和五五年一〇月から「チョロQ」の製造を開始し、次のとおり昭和五八年一〇月末までに合計二五八三万二三四〇個を販売した。

昭和五五年一〇月から同年一二月まで 二一万八六四〇個

昭和五六年一月から同年一二月まで 六三四万八三八四個

昭和五七年一月から同年一二月まで 一〇一〇万〇六七六個

昭和五八年一月から同年一〇月まで 九一六万四六四〇個

(二) 右のとおり「チョロQ」の売上は昭和五六年に入つて伸び始め、同年五月には月間売上数量が五〇万個を超え、市場において「ダッコちやん人形」以来の大ヒット玩具商品との評価を得るに至つた。更に、この「チョロQ」の販売は各種のマスコミが取り上げるところとなり、昭和五六年八月二〇日付日経流通新聞「おもちやのタカラチョロQ快足」、雑誌BOX同年一一月号「ヒット商品の仕掛人」、昭和五七年二月三日付報知新聞「いま街でチョロQ」、同年六月六日付朝日新聞「猛速チョロQミニカー大受け、仕掛けは高性能ゼンマイ」、同年六月一四日付読売新聞「ゼンマイおもちや人気、手作り時代、昔風の動力に魅力」などの新聞、雑誌記事で紹介された。右のような大量の売上実績とマスコミの宣伝により、「チョロQ」の商標は、一般消費者の間に、それが付される商品の形態の特殊性、独自性を表現するものとして広く認識され、その形態自体により出所表示の機能を備えるに至つており、原告は、「チョロQ」の商標を付した商品につき不正競争防止法一条一項一号の保護を受ける要件を備えている。

また、原告は、昭和五五年四月二六日「チョロQ」の標章につき、区分二四類(おもちや、人形、娯楽用具、運動具その他本類に属する商品)を指定商品とする商標登録を出願し、昭和五八年八月三〇日登録一六〇九三七六号としてその登録を得た。

3  被告の侵害行為

被告は、昭和五七年一一月ころから、原告が製造販売している「チョロQ」のうちフォルクスワーゲン車タイプと全く同型の別紙目録記載の玩具(以下「本件玩具」という。)を大量に製造、販売しているが、その販売方法は専ら自動販売機を利用し、その販売機に当初は「チョロQ」、次いで「チョロカー」の名称を表示すると共に、原告製造にかかる「チョロQ」の写真をそのまま掲載したうえ、「チョロQ」の市価は三五〇円であるのにこれを一〇〇円で販売する旨表示するなど、本件玩具と「チョロQ」という商標の商品との誤認、混同を生ぜしめるような方法をとつている。

右のような被告の本件玩具の製造、販売行為は不正競争防止法一条一項一号の不正競争行為に該当する。

よつて、原告は被告が本件玩具の製造、販売及び頒布することの差し止めを求める。

二  被告

認否

1  請求原因1の事実のうち、被告会社の目的は認めるが、その余は不知。

2  同2の事実のうち、「チョロQ」なる名称のぜんまい式豆自動車玩具の存在は認めるが、その余は不知。原告製造の「チョロQ」が不正競争防止法一条一項一号による保護を受ける要件を備えているとの主張は争う。

3  同3の事実は否認する。

主張

1  原告製造の商品と本件玩具とは類似性がない。

一般に消費者は、商品自体のみによつてではなく、商標、容器、商号、価格、販売手段等を手掛りにして当該商品を他と区別し、購入意思を形成する(又はしない)のであつて、不正競争防止法一条一項一号にいう「商品タルコトヲ示ス表示」には右のような一切の事項も含むと解すべきである。しかるところ、原告製造にかかる「チョロQ」のうちフォルクスワーゲン車タイプと本件玩具とは、前・後部のバンパー、窓・ライト・底部・ナンバープレートの形状、エンブレム(フォルクスワーゲン社のき章)の有無、全体の寸法等の点で著しく相違している。更に、本件玩具の販売方法も原告製品のそれとは全く異なつている。すなわち、原告は、その製造にかかる「チョロQ」を化粧箱に入れ又は入れないで、玩具店などを通じて単価約四〇〇円で販売していたが、被告は、本件玩具を店頭に陳列することなく、被告の商号を表示した自動販売機に「あたり玉」を入れ、五〇円ないし一〇〇円を機械に投入してこの玉を当てた場合、これと交換に本件玩具を消費者に交付するという方法をとつていた。

このように、原告製品と本件玩具とは、商品それ自体に同一性、類似性がないばかりか、販売方法も異なつており、消費者において両者を誤認混同する虞れはなかった。

2  原告製造にかかる「チョロQ」のうちフォルクスワーゲン車タイプと本件玩具とは、ともにドイツ・フォルクスワーゲン社製造の自動車をモデルにしたものであるから、両者の印象が多少類似するのは避けられないところである。また、本件玩具を内蔵する自動販売機のディスプレイに「市価三五〇円を一〇〇円」との表示がなされたことはあるが、そのような表示がなされたのは関東周辺のごく限られた地域であり、その期間も一か月から一か月半程度であつたし、他社同種製品に比較して廉価であることを宣伝材料とすることは(なお、原告以外の他の同業者も三五〇円程度で同種商品を販売していた。)、通常の宣伝方法であつて、商道徳上これを批難するに当たらない。

3  原告製造にかかる「チョロQ」の特徴は、プルバック式ぜんまい作動のプラスチック製豆自動車で、実車の完全なミニチュアではなく、実車の原型を残しながらも独自にアニメーション化したものであるとされるが、プルバック式ぜんまい装置はすでに戦前から知られていた機構であつて、原告が自ら開発したものではないし、豆自動車は玩具の基本であつて、原告が独自性を主張することはできない。また、プルバック式ぜんまいを使用する以上、玩具の形状は縦幅を大きくせざるを得ないから、完全なミニチュアとすることはできず、技術上、原告が「アニメーション化」と呼ぶ形状にせざるを得ないのであつて、この点においても原告の創意、工夫を認めることはできない。

4  被告は、本件玩具の製造、販売に先立つて、そのモデルとなつた自動車の製造元であるドイツ・フォルクスワーゲン社の許諾を得ようと考え、「根回し」を試みたが、その正式の許諾が得られなかつたため、本件玩具に右自動車のエンブレム(き章)を使用することは遠慮している。これに対して、原告は、フォルクスワーゲン社に意を払うことなく、右エンブレムを同社に無断で使用して、「チョロQ」を製造している。

5  被告は、昭和五七年一月ころからプルバック式ぜんまい付豆自動車の製造、販売を企画し、被告会社企画部では、その玩具の名称を「チョコ・カー」と決定し、技術部門に対してその名称を用いた自動販売機用ディスプレイの製造を指示しようとしたところ、企画部内に右玩具の名称は、「チョロ・スケ」又は「チョロ・カー」とする方が購買力において優れるという意見が優勢となつたため、技術部門に対する右指示が一時遅れてしまつた。その間に、技術部門は、何を思つたのか、「チョロQ」と表示してあるディスプレイを作成し、これに製造済みの玩具体とともに、若干の数量を市場に出してしまつた。

また、被告は、原告が被告を相手方として浦和地方裁判所に仮処分を申請(昭和五七年(ヨ)第七六二号事件)したため、各営業所、販売担当者に本件玩具の販売中止を指示し(但し、右指示は必ずしも忠実に守られなかつた。)かつ、現に本件玩具の製造はしていない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一原告が玩具の製造、輸入、販売、輸出等を目的とする会社であることは、〈証拠〉によりこれを認め、被告が玩具、文房具、運動用具等の製造及び販売を目的とする会社であることは、当事者間に争いがない。

二〈証拠〉によれば、次の事実を認めることができる。

1  原告は、かつて「ダッコちやん人形」、「リカちやん人形」等市場で広範な人気を集めた玩具を売り出した実績を有する会社であるが、昭和五五年四月ころから新種の玩具用豆自動車の開発に着手し、同年秋ころその商品化に成功した。原告は、右開発にかかる玩具に「チョロQ」(チョロチョロ動く、キュートな自動車という意味)という標章を付して売り出すことにし、昭和五五年四月二六日「チョロQ」という標章について商標登録を出願(昭和五七年一一月一九日公告)し、さらに、昭和五六年六月一五日右玩具用豆自動車の形状について意匠登録を出願(昭和五八年七月二九日登録)して、昭和五五年一〇月から市場への供給を開始したが、右玩具の仕様の概要は次のとおりであつた。

(一)  サイズは、全長約4.5センチメートル、幅約三センチメートル、高さ約三ないし四センチメートルと小型で、重量は約八グラム(ボディー部分の材質はプラスチック、タイヤはスチールラジアル)と軽量である。

(二)  形状は、実在する自動車をそのまま縮小化したものではなく、その原形の特徴を生かしつつ、全体として長さ方向を極端に圧縮し、外観の「かわいらしさ」を強調している。

(三)  動力として原告が開発した超小型プルバックぜんまいが内蔵され、玩具を手で押えて若干後方に引き、手を離すと、かなりのスピードで発進し、約一〇メートル走行する。

(四)  後面のボディとギアのシャーシーの間に溝が設けられ、ここに一〇円硬貨をそう入して走行させると、前輪が上がり、後輪のみで走行(ウイリー走行)する。

なお、原告が売り出した「チョロQ」には多数の車種があるが、その中にドイツ・フォルクスワーゲン社製造にかかる自動車の形状を模倣したものも二種含まれており、その一つは屋根付きのもの(原告はこの車種を「ワーゲン・ノーマル(サンルーフ)」と名付けている。以下この車種を「ノーマル」という。)、他はオープンカー形式のもの(以下この車種を「オープン」という。原告はこの車種を「ワーゲン・オープン」と名付けている。)であつて、これらの車種のサイズは、長さ4.20センチメートル、巾3.00センチメートル、高さ2.15センチメートルである。

2  原告が売り出した「チョロQ」は、そのデザインの斬新さ、外観のかわいらしさ、走行スピードと距離の意外性などから消費者の好評を博し、市場に出廻るにつれて、消費者の間で、ボディを好みの色に塗り変えたり、あるいはボディそのものを改造するなどの遊び方が発見されたことなども手伝つて、主として小児の間で爆発的な人気を呼ぶに至り、昭和五七年四月には発売からの総売上数が一〇〇〇万個を超え、現時点でのそれは約五〇〇〇万個にも達している。

右のような「チョロQ」の人気は、各種のマスコミがとりあげるところとなり、昭和五六年八月から同五七年一一月までの間だけをとつてみても、朝日新聞、読売新聞等の全国紙、日経流通新聞、日刊工業新聞等の経済紙、更には週刊誌等が「チョロQ」に関する記事を掲載したが、これらの記事には、いずれも「チョロQ」が原告製造の商品であることが明示されていた。また、昭和五七年八月ころには、「チョロQ」の紹介、その改造方法、色の塗り方、遊び方等を内容とする「チョロQ空を飛ぶ」という題名の書物も発売されたほどであつた。

3  「チョロQ」の右のような人気に触発されて、他の玩具メーカーの一部も、同種豆自動車の製造に乗り出した。被告もこのような後発メーカーの一つで、昭和五七年一一月ころ本件玩具の製造体制を整え、その販売を開始した。本件玩具は、動力のプルバックぜんまいを内蔵するプラスチック製豆自動車で、そのサイズは、全長約4.6センチメートル、巾約2.88センチメートル、高さ約2.8センチメートルと「ノーマル」及び「オープン」にほぼ等しく、その形状は、ドイツ・フォルクスワーゲン社製造にかかる自動車を模倣したもので、別紙目録添付の外形図面(一)記載の玩具は「ノーマル」と、外形図面(二)記載の玩具は「オープン」と外観上それぞれ酷似している(部分的に相違点があることは後に述べる。)また、後部ボディとギアのシャーシーとの間に一〇円硬貨をそう入する溝が設けられていてウイリー走行が可能な点も「ノーマル」及び「オープン」と同じである。

ところで、被告の本件玩具の販売方法は、専ら自動販売機を利用するもので、消費者が店頭に設置された自動販売機に一〇〇円硬貨を投入し、当たり玉が出ると、この玉と交換に消費者に本件玩具を交付するという方法によつていたが、被告は、本件玩具発売当初関東一円に設置した約六万台の自動販売機のうち約一五〇〇台を常時本件玩具の販売に充てた。右販売機正面の表示板には、その上部に原告が商標登録出願をし、かつ、現実に商品に付している標章の字体をそのまま用いた「チョロQ」の文字が大きく表示され、その右下部分に「市価¥三五〇」、最下部に「一〇〇えん」、「コスモス」の各文字がそれぞれに表示され、文字部分を除く部分には、原告製造にかかる各種「チョロQ」の写真が掲載されており、また、裏面の表示板にも、原告製造の「チョロQ」の写真が多数掲載されていた。

三右の認定事実によれば、被告は、原告の商標である「チョロQ」を使用し及びこれを使用した本件玩具を販売して、原告の商品との混同を生ぜしめたものと認むべきであり、これにより原告の営業上の利益が害されるおそれが生じたことは明らかであるから、原告は不正競争防止法一条一項各号列記以外の部分及び同項一号に基づいて、被告に対し、本件玩具の製造及び販売の差止めを求めうるというべきである。

この点に関し、被告は、その主張1のとおり、本件玩具と原告製造にかかる「チョロQ」のうちフォルクスワーゲンタイプとは商品それ自体に同一性、類似性がないばかりか、販売方法も異なつており、消費者において両者を誤認混同する虞れはなかつた旨主張するところ、〈証拠〉によれば、本件玩具と「ノーマル」又は「オープン」の形状を比較してみると、別紙比較表摘示のような相違点が認められるけれども、これらの相違点は仔細に観察しないと気がつかない程度の微細なものであり、とくに本件玩具の主たる購買層が小児であることを併せ考えると、右比較表のごとき相違点はあつても、本件玩具と「ノーマル」又は「オープン」とは前記認定のとおりきわめて類似した商品と評して妨げないし、販売方法の相違という点についても、前記認定事実によれば、被告が本件玩具を「チョロQ」という商標を付して販売したことは、その態様からみて明らかであり、デパート、専門店などの店頭で販売されている商品が、同時に自動販売機で販売されることもあることは公知の事実であるから、右の点を根拠として本件玩具と原告製品との混同の虞れがなかつたことは到底いえない。

また、被告は、原告の仮処分申請後、各営業所及び販売担当者に本件玩具の販売中止を指示し、かつ、本件玩具製造をやめた旨主張するけれども(被告の主張5後段)、販売中止を指示したというだけでは必ずしも販売行為が完全に止んだことにはならないし、現在は本件玩具の製造を中止しているとしても、製造設備が現存するならば、これを再開することは容易であるから、被告の右主張にかかる事由は、原告の製造及び販売差止請求を妨げる事由とはなり得ない。

更に、本件は原告が被告に対し、不正競争防止法に基づき本件玩具の製造及び販売の差止めを求める権利が存するか否かが争点であるところ、被告の主張2ないし4は、いずれも右請求権の存否の認定とは関連性のない事実についての主張であつて、それ自体失当といわなければならない。

なお、被告の主張5前段は、その趣旨が不明であるが、仮に、技術部門の行為については被告は責任を負わないという趣旨であるとすれば、技術部門の行為も法人としての被告の行為に外ならないから、採るに足らない失当な主張と評さざるを得ない。

四以上によれば、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用し、さらに、同法一九六条により職権をもつて仮執行宣言を付することとし、主文のとおり判決する。

(高山晨 小池信行 深見玲子)

目録

別紙外形図面及び組立図面に示される二種類のプラスチック製ぜんまい仕掛け豆自動車(ミニチュアカー)玩具

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